私は雑談が苦手だ。「自由に話していいですよ」こういう場面にくると、とたんに何を話せばいいのかわからなくなり、頭の中が真っ白になってしまう。いつからだろう?
失礼に見えるかもしれないが、拒否しているわけではなく、本当に言葉が出てこないのだ。いったい何が起こっているのだろう、と考えてみた。
雑談が難しい理由
何をしゃべっていいかわからない
雑談するとき、私は無意識に正解を探している気がする。頭に浮かんだ話題の候補をひとつひとつ吟味して「これはダメ」「あれもダメ」と裁定していっている気がするのだ。
天気の話はおざなりすぎる、仕事の話は大きなお世話かもしれない、「最近どうですか?」だと、相手の近況によっては困らせるおそれがある。「おもんない」と思われたらどうしよう…
楽しくおもろい話をしたい、でも踏み込みすぎないように、明るく爽やかに…などと考えていると、頭がグルングルンするだけで何も喋れなくなってしまうのだ。トホホ。
人の存在に意識がいってしまう
よく知らない人がいる場だと、人の存在ばかり気にしてしまうクセがある。会話より人がいること自体にアンテナを張ってしまい、肝心の話す内容が何も思いつかないということもある。相手の一挙手一投足、表情、沈黙が気になって、なんだか勝手に追い込まれているような気分になってしまうのだ。相手がそんな圧を出してない人であっても、である。
前提のない会話が苦手
私は雑談が苦手だが、「~についての話」なら問題なくできる。文房具について話すとか、ドラマの内容について話すとか。なので趣味の合う人との会話は楽しい(誰でもそうかな?)
そもそも「雑談」をする場面は、かなり限定されていると思っているフシがある。親しい人との雑談は「会話」だし、趣味の集まりであればその話題がある。何を話していいかわからなくなるのは、関係も目的もはっきりしない相手と会話を共有するときなのだ(なんと、開き直ってしまった!)
雑談をどうとらえるか
雑談で困っているとき、私はよくひとり相撲をしている気分になる。なんか一生懸命、「いい人」「おもしろい人」って思われようとしてバタバタしてる感じ。初対面に近い相手にそこまで求める人はいないだろうに、ひとりで会話を頑張ろうとしてしまう。
頑張らないこと。うまくやろうとしないこと。それが雑談の一歩目かもしれない。最近漢字が書けなくて、とかでいいのかな。これで話題、広がりますか?あっまた裁定しようとしている。自分の中の裁判官を黙らせて、楽しくとりとめのない会話をしたいものだ。

