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「けっこうですよ」

「はい、それでけっこうですよ」

あるお店に電話をかけたとき、電話口の女性が言ってくれたひとことを今でも思い出します。確か予約の変更をお願いしたくて、少し複雑な事情を説明したあとのことでした。申し訳ない気持ちで電話したのに、その言葉でふっと肩の力が抜けた気がしました。いつか自分もそんなふうに言えるようになりたいな、と思うことがあります。

電話口でずっと年上の女性が言う「けっこうですよ」が私は好きです。というか、そんなふうに言われると、なんだか気持ちがほぐれるのです。シチュエーションとしては、相手に確認や許可をとるときですね。あまり多くはないけれど、そのあとも何人かの女性にその言葉を言ってもらったことを覚えています。

電話って、ときどき不安なものです。そもそも私は電話が得意ではありません。今は仕事のときなど必要に応じてできるようになりましたが、最初の頃はかなりワタワタしていました。みんなはそつなくできているのに、私にはできない。どこかおかしいのかなあと思ったこともあります。

ただ、そんな電話対応も年齢を経るごとに、得意とはいわないまでもひととおりはできるようになりました。とはいえ、伝えなければならないことをあらかじめPCの画面にメモしておいたり、資料を開いておいたり、必要があれば相手に聞き返したりと、自分の慌てるであろうところが読めて準備や対応ができるようになったからかもしれませんが。失敗は成功の母とはよく言ったもの。

電話が苦手な頃はよく言っていました。「どこか知らない空間とつながるのが怖い」と。その感覚は今でもうっすらあります。相手が不機嫌だったらどうしよう、びっくりするようなことを言われたらどうしよう、それがずっと記憶に残ったらどうしようなど、考えてもしかたないことを考えたりします。

でもあの電話口の女性の声は、自然に私の耳を通って、宝箱みたいなところに収まりました。穏やかで迷いがなくて、威圧的でもなくただ静かに、あなたのやり方でいいですよ、と言ってくれるようでした。

なぜこんなにじんわりくるんだろうと思って、言葉の成り立ちを調べてみたことがあります。結構というのは、もともとは建築用語なのだそうです。建物の組み立てなどのことをいい、日本語ではしっかり組みあがっている、ひいては満足できる状態であることを「結構」というようになったのだそう。

断るときに「けっこうです」と言ったことはありますが、肯定の意味でこの言葉を使ったことはなかったのです。「大丈夫ですよ」や「問題ありませんよ」ももちろんいいけれど、「けっこうですよ」って素敵ですよね。

そんなふうに言えるようになれたらと憧れるけれど……でも私はまだいろいろな意味で、ひとに「けっこうですよ」とは言えない気がします。年齢を重ねて、自分のルールがしっかりできた上で、柔軟に他人を受け入れられるようになってから言えるひとことなのかな。いつか言えるようになるのかなあ、なんて。やわらかい春の光を感じながら、ふとそんなことを考えます。

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