もう長いこと、ホットケーキを焼いていない。甘い匂いの、すでに味が「ホットケーキ」になっている粉を使って作る、ふわふわした料理。ホットケーキミックスが「ホケミ」と呼ばれることは大人になってから知った。でも、ホットケーキミックスを買い物かごに入れたことは数えるほどしかない。かごの中身を自分で選べるようになったのに、だ。
私はふわふわした甘いものが好きなのに、なぜかそれを自分で作ろうとは思わない。おまんじゅうや蒸しパン、シュークリームなどは買って食べる。それも何だかちょっと気恥ずかしい気持ちで食べている。「甘いものを食べたがるなんて、子どもっぽいなぁ」と。フライパンはヤキメシやお好み焼きや餃子を焼くためのもので、甘いものを流すものではないと思っているフシがある。
かつて、ホットケーキは朝の味だった。それも穏やかな、のんびりした朝であったと思う。食卓にはマーマレードやチョコクリームがのっている。私はチョコクリームが好きだった。甘いホットケーキに甘いものを足すことが嬉しかった。またあつあつよりも、少し冷めたくらいがちょうど良かった。手にとって食べるので、熱いと持つことができない。焼き加減によっては表面が黒く焦げていることもあり、その部分はこそいで食べた。焦げを食べるとガンになるといわれていた。ガンになるのは怖いと思っていた。
うちは6人家族だったので、ホットケーキはいつも六等分に切った。一枚につきどれくらいのタネを使っていたのだろう。30cm弱くらいだろう、大きなフライパンに広げて分厚く焼いたホットケーキ。私が子どもだったときの父は甘いものを食べなかったので、ホットケーキには手をつけなかったと思う。でも、何か食べるときは六等分だった。
家庭科の料理の時間に同級生がおたまですくったタネをフライパンの半分くらいのスペースに薄く丸くのばしたとき、へえ、ホットケーキはそんなふうにして焼くものなんだ、と思った記憶がある。うちではフライパン一枚分大きく焼くよ、なんて口にできなかった。恥ずかしかったからだ。そういう子どもだった。「合っているか」を気にしていたし、人前で間違えることを極端に恐れていた。
時が経ち、私は大人になった。6人だった家族は3人になり、今は別々の場所で、別々のものを食べて暮らしている。私はというと、甘いものを恥ずかしがりながら食べる、妙な大人になった。こんなふうな大人になるなんて、子どもの頃は想像もしていなかった。
ホットケーキはふくらむ。いつか確かにあった時間の形として。

